相当水源地(日本遺産)

JCC4202/佐世保

2022年05月28日 20:20

 相当ダム。 佐世保基地では、毎年この時季に大東和戦争時に戦死した慰霊祭がある、海軍墓地に大勢の現役自衛隊員がやって来て清掃を行う。 また相当水源地も当時捕虜になった米兵も工事に動員されたようだ。
 今も毎年慰霊際が行われていて、今回も慰霊碑には新しい花束が手向けられていた。
  元は佐世保電話局の真ん前(寺田酒屋:撤去済 ⇒ 谷郷町の万松楼 ⇒ 解体待ち? 元は佐世保鎮守府址 ⇒ 記憶では馬用とヒト用の石段があった)。 現在は佐世保署御用達GSとして生き残っている(May2022)。
 昭和19年(1944)に建設された。 阿武町の(島根県県?)・・・兎に角、岩国(瀬戸内側)は紡績工場などが沢山あって汚いコロナで遊泳禁止になった2021年だけ海が静かだった。それ以外は日本海側(浜田市や須佐漁港の釣り公園のんびり釣りできた、佐世保市だけが「釣り禁止」。 R2号線を北上し日本海の方に進むとR315経由で一時間も走れば須佐漁港に着く。 冬は「大佐スキー場」経由で島根側にも行ける、とっても素晴らしい所だった。
 相当水源地にでも行かなきゃムズムズが収まらん。
  画像準備中  山の田にしろ、菰田にしろ、その辺から見えるから何の変哲もない。針尾の無線塔などは太平洋戦争(大東亜戦争)を生き延びた歴史遺構なのだ。 「ボーと見てたら」気づかんか知れんが、注意深く見たらネガが全部裏返し写真にプリントするしてはじめて判る仕掛けだ。 因みにとても古い針尾の画像(写真)には、先端にトライアングルの空中線が付いてた。 ⇒ 新しいページに書きます。

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